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 我々は日本という『比較的』平和な国で安寧に過ごしています。  しかし、本当にその状態に満足しているだけでいいのでしょうか?この疑問を持ちつつ、あらゆる事項に物申していきます。
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PC遠隔操作:ウイルス手作り 誤認逮捕で「万能感」?


ウイルス感染したパソコン(PC)などから犯罪予告が書き込まれた事件は、警視庁など各警察本部が、誤認逮捕した男性らに相次いで謝罪する事態に発展した。「犯行声明」で「警察・検察をはめてやりたかった」「またいつかあそびましょうね」と記した「真犯人」。専門家がその人物像を探った。

 複数の情報セキュリティーの専門家によると、今回使われたウイルスは、技術そのものは「珍しくも難しくもない」レベルだが、プログラムを作るための既製品は使われておらず、この人物が「一から手作りした」と認められるという。

 ウイルスを解析した情報セキュリティー会社「ラック」の西本逸郎専務理事は「プログラムの組み立てに慣れた印象がある。現役のプログラマーで、ある程度の経験がある年齢なのでは」と予測。IPアドレスから誤認逮捕させるプログラムを作っていると分析し、「IPの割り出しに偏重しがちな捜査の現状をよく知っている人物なのでは」と指摘する。

 影山任佐(じんすけ)東京工業大名誉教授(犯罪精神病理学)は、最初に起こした横浜市の小学校襲撃予告事件に注目する。「ほかは全国的に有名な場所や人物を取り上げているのに、なぜ横浜の一小学校なのか」。連続放火などでも身近な場所から始める傾向があるといい「本人と接点があるのかもしれない」とみる。さらに「犯行によって自分の存在感や力を誇示しようとしている。自己中心的で精神的に未熟な者の犯行の可能性がある」と話す。

 長谷川博一・東海学院大教授(犯罪心理学)は「当初は『人をはめたい』『ウイルスを試したい』という、いたずら感覚だったのでは」と推察する。その後、誤認逮捕が続出し、遠隔操作の可能性が浮上するとマスコミも大きく報じるようになった。「万能感が高まり、国家権力への挑戦という新たな動機が後付けされたのではないか」とみる。

 「犯行声明」で感染PCに「わざと残した」と説明した犯行予告文やウイルスについても「消し損ないなどミスで残ったものを、高揚した心理状態で『あれはわなだったんだ』と自分でも信じ込んでいることもありうる」という。自己顕示欲を満たすため「新たな犯行に及ぶことも考えられる」と警鐘を鳴らす。【喜浦遊】

{毎日新聞 2012年10月22日 15時00分(最終更新 10月22日 15時19分)付けより引用}

 私もアメブロで我が親友と共にネットの闇についていくつも取り上げてきた。また我が親友は今、ブログで知り合った良心的かつ良識ある人々と共に連携して悪質なネトウヨ達と戦っている。
 だが今回の事件のようにこういったネット犯罪は後を絶たない、ネットの中は無法状態でありしかも簡単に変えやすいからだ。この事を警察がどこまで『本当に』理解しているのかが疑わしい、その証拠に4人も誤認逮捕してしまったではないか。次に引用する中日新聞でもこんなコラムで警察の捜査方法を批判している。

中日春秋

 DNA型は指紋と同様、個人を識別する確実な手掛かりだ。現在では、四兆七千億人に一人以上の確率で識別可能らしいが、捜査に導入された当初は鑑定の精度は低かった

▼そのころに起きた冤罪(えんざい)が足利事件である。血液型が同じ条件で一致する確率は八百人に一人。「最新の科学鑑定」と過信した捜査の誤りによって、無実の人が十七年間も獄中につながれた

▼二人の男性が今、サイバー犯罪の捜査で冤罪に巻き込まれている。パソコンの「住所」であるIPアドレスを特定し、警察は逮捕に踏み切ったが、第三者が二人になりすまし、殺人予告メールなどを送信した疑いが浮上したという

▼パソコンは「遠隔操作型ウイルス」に感染、外部から乗っ取られた可能性が強い。空き巣が悪さをしたのに住人が犯人にされたという構図だ。大阪府警に逮捕された男性は著名なアニメ演出家で容疑者として実名報道された

▼赤の他人のパソコンを意のままに動かし、殺人予告メールの犯人に仕立て上げる-。専門知識を悪用した卑劣な犯罪の被害者に、誰がなってもおかしくはない

▼持ち主が特定される自分のパソコンを使って、殺人予告メールなどを送るのだろうか。捜査員だって素朴な疑問を抱いたはずだ。サイバー犯罪の捜査は技術の進歩といたちごっこだ。捜査能力への過信は冤罪の温床になると、肝に銘じてもらいたい。

(中日新聞 2012年10月10日付けより引用)

  このコラムによると冤罪の温床を『捜査能力への過信』が原因(あくまでも『原因』の一つとしてみているかもしれない)と言っているが私はもう一つの理由として『威信』へのある意味、信仰的な執着もあると見ている。確かに威信も必要であろう、犯罪者達をのさばらせる要因にもなるからだ。しかしその威信は前面に押し出して威圧するのではなく後ろにおいて引きずる(言い方が間違っているかもしれないが)べきだ。容疑者確定方法にしても自白を基準としている為、過去の冤罪事件で証拠すらでっち上げるのだ。私も過去、アメブロでいくつかの冤罪事件のコラムを書いた。

 もろい威信

 6年前に御殿場市で起こった少女強姦未遂事件の控訴審の判決が昨日出た。結果は有罪であり、検察や警察の主張を認めたものだった。しかしこの事件、実は被害者の証言が二点三点していたにもかかわらず、それすらもころっと信じてしまう面もあった。また自白強要の疑いもあったのだが審議した裁判官は適切と判断した。
 これだけ当時の捜査面で問題があったのに何をもって検察や警察の主張を認めたのだろうか。被害者の証言にしても「信用性がない」と言っているのに何故そのまま認めるのか、理解に苦しむ。ひょっとすると警察や検察は手柄と警察に対する信頼欲しさに事件を利用したとも考えられる。もしそうだとしたらあまりに幼稚ではないのか。それと裁判員制度をこのままの状態で始めたとすると冤罪事件が倍に増える事にもなりかねない。
 警察は捜査が完璧でなければいけないと思っているのだろうか?もし、事件捜査に間違いがあったとしてそれを認めたら、威信が崩れ犯罪が増加して無法国家になると思っているのだろうか?フジテレビのドラマ『HERO』の中の話にも劣るし、あまりにもろい威信である。
(新生活日記 Neutralizerの移ろい行く日々 2007.8.23より引用)

 物事は時代によって変わり、対策も物事によって変わる

今週は小野氏と共に死刑廃止論を訴えてきた。その一方で私は警察の捜査方法(特に容疑者への尋問)にも疑問をもってきた。
 報道番組などで警察の捜査が問題視されているのを見たのであるが共通点がある、それは警察は容疑者の自白を重視し、物的証拠を軽視することが多いということである。その為か裁判でも容疑者に有利な証拠が上がっても他人からみていかにも屁理屈といえる言動があり、ときには裁判官さえそれを認めてしまう。まさに自白中心主義である。
 何故そこまで自白を重視するのかが分からない、取調べにしても自白を取るためにヤクザまがいに容疑者を脅し、酷いときには自白の念書まで書かせる。これでは冤罪もあって当たり前だ。いっそのこと、オーストラリアみたいにカメラをおいて取り調べを公開したらどうか・・・。

ちなみにこのタイトルは中国の哲学書『韓非子』の一文からとった、何事もコロコロ変えればいいというものではないが一つのことや法律にこだわりすぎてもダメなのである。
(新生活日記 Neutralizerの移ろい行く日々 2007.9.26より引用)


 誘導の中で人を裁けるか

 裁判員制度開始まで一週間を切った。いよいよ、我々国民の中から無作為で選ばれた人物が法廷で犯罪者達を裁くことになるのだ。
 しかし私と我が親友は再三言っているのだがこの裁判員制度は性急にやろうとしているだけあって欠陥だらけである。その上、これも以前書いたことだが裁判官の大半は検察官がなっている。 それだけではない、警察とて捜査がお粗末な上に一度捕まえた容疑者を『犯罪者』と断定して無実であろうがなかろうがその人物を『犯罪者』に仕立て上げる冤罪を引き起こすことがあるということだ。しかも裁判官までグルになっているというから開いた口が塞がらない。その実例が私の住む静岡県清水区で起こった『袴田事件』での警察及び裁判官の対応である。今日、テレビ朝日系列の報道番組『ザ・スクープ』とWikipediaで知ったことだが容疑者とされた袴田巌氏に対し、当時の警察は長時間に渡る取り調べで『自白』させ、その上事件の証拠をでっち上げた。弁護側もその証拠の矛盾を指摘したものの、当時の裁判官は一人だけ除いて有罪を確定させた。それも警察が袴田氏を逮捕した当初から『犯罪者とする』と決め付けていたという記述があった。つまり、警察が捜査を間違えるということがあってはならないという安っぽい誇りで凝り固まっていたわけだ。
 私の家族は「感情に流されない人物を選出するし、中立的に見るから大丈夫」と言っているがその考えは甘すぎる。こんな杜撰な捜査と証拠のでっち上げ、更にはそれを認めてしまう裁判官がいる司法環境の中で裁判員制度を始めたら一体どうなるのか?想像するだけでも裁判員がそのまま鵜呑みにしてしまうか、例え裁判員の多数が疑問に感じても検察や警察がごり押しで冤罪を仕立て上げることが容易である。
(新生活日記 Neutralizerの移ろい行く日々 2009.5.17より引用)

 

これらのコラムで私が指摘したことを振り返ろうともせずにネット事件を解決できるだろうか、これは我が親友の提案だが過去に捕まったハッカーなどのネット犯罪者達を司法取引で警察に協力させてたらどうか。無論、その犯罪者の精神状況などを厳しく審査する必要はあるが。


 ついでにこのなりすましメールの害はメールの送り手が本物であるか分からなくなり受け手が疑心暗鬼に陥ってしまうことである。私も一昨年、アメブロであるコラムを書き、井上静氏から送られたコメントを『なりすまし』と勘違いしてしまい、誤って削除してしまったことがある。その後、井上氏からお叱りのコメントをもらった私は井上氏に対しこんな謝罪と言い訳のコラムを書いた。


 ネットワークコミュニケーションの恐ろしさ

今回のコラムは藤枝氏のコメントへの回答と言い訳がましいが井上氏に対する心ない対応への反省を込めて書かせてもらう。
ご存知の通り、電話の登場、その携帯化、パソコンの普及などによって我々人類は遠く離れていてもコミュニケーションが取れるようになった。がこれは以前、私が指摘したことだがその反面、顔や姿を出してお互い向き合う必要がなくなった為、他人にいとも簡単に成り済ませるようになったり簡単に誹謗中傷を言えるようになった。
この事が人を疑心暗鬼に陥れ、一方で他人の心を察することすらなくなったのではないだろうか。私が井上氏に対してしでかしてしまったことも言葉だけを見て井上氏が言いたかった事の真意を見抜けず、赤の他人の誹謗中傷と捉えてしまい、心ない対応と回答をしてしまった。
ならば止めてしまえばいいと言う人もいるだろうがそうはいかない、あの『頭の体操』シリーズの作者である多湖輝氏によると人間は誰にも自分自身を知られてなければ、犯罪に走ってしまうそうだ。つまり、遠隔ネットワークを止めようがやろうが現代ではどちらも同じ事である。
遠隔ネットワークの弊害はこれだけではない、人間同士の近接コミュニケーションすら衰えさせたと言っても過言ではない、というのも先週の月曜日、フジテレビ系列の番組『さんまのホンマでっか!?TV 』で知ったことだが恋愛すら予備校で教えてもらわなければならなくなった人も出てきているそうだ。(この事は今朝のやじ馬プラスでも取り上げている)皮肉にもその先駆けと言える番組をフジテレビがやっていた、『恋の家庭教師』という番組だ。無論、個人差はあるが人と会ってコミュニケーションをとる機会が少ないからか激しいストレスに苛まれるを避けたいからではないだろうか。
我々は遠隔ネットワークを確立した一方で近接コミュニケーションをおろそかにしてしまい、『灯台下暗し』はおろか、感情むき出しで相手と向き合ってしまってはいないだろうか?遠隔コミュニケーションを我々が使いこなせるのはまだ先になりそうだ。
(新生活日記 Neutralizerの移ろい行く日々 2010.7.19より引用)

 もう一度言うがこれはあくまで『言い訳』である、井上氏に対してしたことには明らかなる『過ち』であり、どう非難されようが受ける覚悟でいる。



 

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