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 我々は日本という『比較的』平和な国で安寧に過ごしています。  しかし、本当にその状態に満足しているだけでいいのでしょうか?この疑問を持ちつつ、あらゆる事項に物申していきます。
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市長に父「二度と裏切らないで」 大津中2自殺

大津市皇子山(おうじやま)中二年の男子生徒=当時(13)=が飛び降り自殺してから九カ月余り。初めて、越直美市長が遺族と面会して、いじめの調査が不十分だったと直接謝罪した。二十五日、市役所で越市長の言葉を聞いた父親(47)は「二度と裏切ることなく真相究明をお願いしたい」と求めた。
 父親は、男子生徒の写真を入れた写真立てを手に、市長が述べる謝罪とお悔やみの言葉に時折、目を閉じて静かに聞き入った。
 自殺の真相究明と、再発を防ぎたいと願う父親の目を真っすぐに見ながら、越市長はかみしめるように謝罪の言葉を伝えた。 越市長の言葉が終わると、父親は「素直にお気持ちを伝えていただき、よく分かりました」と応じた。続いて「九カ月たったが、中学校は変わったという感じはしない。学校や市教委は事なかれ主義で、勇気を出してアンケートに回答した生徒たちもそう思っている。まだ隠しているのではとの思いもあり、信頼度はゼロです」と根強い不信感を伝えた。
 その上で、新たに設ける外部委員会の公平性の重要さを訴えた。真相究明には越市長も協力を約束。父親は「外部調査委員会の結果をすぐに出して現場にフィードバックしてほしい」と求めた。
 今年三月、男子生徒が通っていた中学校の卒業式で、越市長が自身がいじめられた体験を涙ながらに語り、いじめの悲惨さを訴えたことに触れ、父親は「パフォーマンスではなく本当の気持ちと信じたい」と話した。

(中日新聞滋賀版 2012年7月26日付けより引用)

 

浜松・中2死亡 4月以前も無視や暴言

◆遺族への陳謝 学校「早すぎる」
  浜松市立曳馬中学校二年の男子生徒(13)が六月にマンション屋上から落ちて死亡した問題で、学校側の調査に同級生らが、男子生徒に対し自転車を蹴るなどの行為があった四月以前にも、無視したり暴言を吐いたりした、と認めた。また、一部同級生の保護者が遺族に陳謝しようと学校側に相談したところ、「早すぎる」と言われ見送っていたことが関係者への取材で分かった。

 学校側によると、男子生徒が四月中旬、学習塾の帰りに自宅近くで同級生らに囲まれ、自転車を蹴られたり悪口を言われたりしたとの情報を基に、現場にいたとみられる同じ塾に通う同級生十人から個別に話を聞いた。

 その結果、二月ごろに男子生徒と同級生の間にいさかいがあり、これをきっかけに複数の同級生らが男子生徒に「きもい」「塾やめろ」などと言ったり、無視をしたりするようになったとみられる経緯が判明。四月後半からはこうした行為は確認されていない。

 しかし、男子生徒は亡くなる約二週間前に「塾をかわりたい」と家族に漏らしたといい、石川和男校長は取材に「知らないところでつながっていたのかもしれない」と述べ、水面下で行為が続いていた可能性もあるとの見方を示した。

 一方、死亡数日後に一部同級生の保護者が遺族を訪ねる意向を学校側に伝えた後、思いとどまった。石川校長は「『まだ気持ちの整理が付いていないかもしれない。早すぎるかもしれない』と伝えた」と説明し、「求めがあれば学校側も一緒に行く」と話した。

 この問題では、学校側は保護者会で「いじめがあったと思う」と説明。真相解明を願う遺族側の要望などを受け、市教委が弁護士や臨床心理士らによる第三者調査委員会を七月中にも設ける。生徒らへの無記名式調査などを予定している。
 

(中日新聞静岡版 2012年7月13日付けより引用)

 メディアでは昨日からロンドンオリンピックを大々的に放送しているがその影で最近起こったこの2つの事件を取り上げる。
 私も中学時代にいじめを受けており、この事件を聞くたびに怒りと悲しみがない交ぜになり、胸が痛む。いじめ自殺事件が70年代から問題視されているにもかかわらず、国や教育機関がその場しのぎの手しか打っていないからである。他人の批評に怯えてしまっている証拠である。
 先ほどいじめ自殺事件が70年代からあると言ったが私が最も衝撃を受けたのが79年に起こった埼玉県の上福岡第三中学校いじめ自殺事件と94年に起こった愛知県西尾市でのいじめ自殺事件だ。
 上福岡の場合はwikipediaで調べたところ、民族差別が絡んでいるだけでなく、被害者の少年が自殺した後、加害者達が万歳して喜んだだけでなく、別の被害者も脅していた。この事件は中学の頃、社会の授業で知ったが大学生になった時、いじめに関する書物でこの事件の詳しい事を知って背筋が凍る思いをした。
 愛知県西尾市の事件の場合は当時高校生だったので周囲の対応のまずさに失望しただけでなくその後の自分のやりたいことを決定するきっかけになった。それ故に私は心理カウンセラーを目指す道を今でも進もうとしている。
 国はいつまで教育を縛り続けるのか、というよりは政策云々よりも言葉尻の突付き合いしか関心がないのだろう。それがいじめ事件が真剣に取り上げられることなく風化していく大きな理由である。

 最後に私がアメブロで書いたコラムを一つ紹介する。ここで使った『三年B組金八先生』でもいじめを取り上げていたがこれもいずれ風化してしまうのであろうか・・・。


機械を作っているんじゃない!人間をつくっているんだ!


『3年B組金八先生』より主人公である坂本金八が叫んだセリフをタイトルとした。今週の水曜日に国会で教育改革関連3法(改正学校教育法・改正地方教育行政法・改正教員免許法)が参議院本会議で可決した。その内容は中央指導強化が骨子となっている。これでは明治時代に逆行しているではないか、安倍内閣はそんなに昔に憧れているのかと勘繰りたくなる。ちなみに金八先生は先ほどのセリフに続き、教師が生徒を信頼することが大事だと言い、それさえもかなわなければどうしたらいいかと叫んでいるが、もし今の文部科学省が聞いたらこう答えるのではないか。「それは簡単だ。我々の指示に従えさえすればいい。」と・・・。  



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膨れあがる再稼働反対 官邸前デモ


関西電力大飯(おおい)原発3、4号機(福井県おおい町)の再稼働決定の撤回を求めるデモが二十九日夜、首相官邸周辺(東京都千代田区)であり、市民らが「再稼働反対」「原発いらない」と官邸に向かって声を上げた。関電は七月一日に3号機の原子炉を起動する準備を進めており、再稼働を前に徹底抗戦の場となった。 

 複数の市民グループ有志でつくる「首都圏反原発連合」がツイッターなどで呼び掛け、三月末から毎週末、官邸前で実施。政府の再稼働方針に反対している。参加者数は回を追うごとに増え、この日は官邸前から霞が関の財務省前まで七百メートルほど人の波が連なり、官邸近くでは車道をほぼ埋め尽くした。

 デモ開始の午後六時前。学生、子ども連れの母親ら幅広い年齢層が集まり始めた。中には太鼓をたたいたり、反原発をデザインした自転車で走る人も。

 参加した出版社社長の富澤昇さん(60)=東京都府中市=は「3号機を動かして他の原発も再稼働するという政府の考えが見える。そもそも地震大国の日本に原発をつくるのが間違い」と批判した。

 同僚を誘って二度目の参加という会社員の岩渕政史さん(34)=墨田区=は、これまでにない参加者の多さに驚きながら「首相は国民の目線と全然違う。日本をこれ以上汚す気か」と憤慨した。

 二歳の男児を抱いて子育て仲間と来た杉並区の主婦(34)は「今声をあげなかったら、子どもから『なぜお母さんとお父さんは私たちの未来を守ってくれなかったの?』と言われるかも。子どものためにも行動しなくてはいけない」と話した。

(東京新聞  2012年6月30日付けより引用)


 ブログを開設している皆々様、ご無沙汰しております。Neutralizerです。
 この度はこの忍者ブログに新たなブログ『移ろい行く日々に物申す』を開設いたしました。尚、この忍者ブログではもう一つブログを開設してある為、ここでは『F16dande』と名乗らせてもらいます。よろしくお願いいたします。

 さて、最初に取り上げたいのは原発のことである。東日本大震災による福島第一原発の惨状があったにもかかわらず政府は財界と結託し、大飯原発の再稼動という愚行をやらかしてしまった。トップにとっては国民の惨状なぞ対岸の火事にすぎないのであろう。
 私と我が親友、小野哲はこのことについて何度も原発の危険性を訴えてきた。

自分の足すら信用しない人達(Neutralizer)

中国の哲学書の一つ『韓非子』の中の逸話をタイトルにした。ある地方の男が靴を買う為、自分の足のサイズを測り寸法書を書いた。それから靴屋に行ったが寸法書を忘れた事に気づき、家に戻り寸法書を持って靴屋に戻ったが閉まっていた。
 その事で知り合いが「どうして自分の足で測らなかった?」と訊ねると男はこう答えた。「寸法書は信用できても足が信用できるか。」
 でこの逸話で何が言いたいかというと昨日、原子力委員会が浜岡原発4号機におけるプルサーマル計画は妥当という見解を示したことについてである。
 じつは最近御前崎市(特に旧浜岡町地区)の住民や市民団体が危険であるうえに、予想される東海地震に原発が耐えられないとして反対し、運転差し止めを求めて裁判で係争している。(判決は10月)原子力委員会の見解はまさに彼らの声を無視した形である。
 ただでさえ他の原発でも小規模な事故が起きているのにそれなど原子力委員会は参考にもしないのか。チェルノブイリやスリーマイルの例もある。そのうえ、わが国が唯一の原爆による被爆を受けているのだ。このことで原子力はまだコントロールしきれない力であることに気づいているはずだ。まさに今回の件は前例や住民の声という自分たちの足を信用していない例である。
(新生活日記 Neutralizerの移ろい行く日々 2007 6/26付けより引用
http://ameblo.jp/tetsuono123/entry-10037916168.html

「地震は裁判で起きるものじゃない!地球が起こしているんだ!」(Neutralizer)

 映画化し、スピンオフ作品も出たフジテレビのドラマ『踊る大走査線』で織田雄二扮する主人公:青島俊作が劇場版で叫んだセリフをもじったタイトルである。
 これは以前書いた『自分の足元を見ない人達』の続きでもある。
 浜岡原発差し止め訴訟の争点が地震の規模と時間的間隔である。中部電力側の東大教授は残っていた資料(江戸時代の安政年間)から事故につながる規模の地震は来ないと主張、これに対し原告である住民側の神戸大教授は5000年に一度大規模な地震が起こり、大事故につながりかねないと主張している。
 私は住民側の主張が正しいと見ている。理由は地球規模で自然現象を見ると分かるからである。そもそも地球は間隔はまちまちだが大規模な変動を起こしてきた。大陸移動と恐竜絶滅がいい例である、それに人類が誕生してからの時の経過は地球規模で見れば高だか400万年である。中部電力側の主張は地球規模で見ていない。判決は明後日となった、果たして裁判官はどちらの主張を是とするのだろうか?
(新生活日記 Neutralizerの移ろい行く日々 2007 10/24付けより引用
http://ameblo.jp/tetsuono123/entry-10052426686.html


続「地震は裁判で起きるものじゃない!地球が起こしているんだ!」(Neutralizer)

浜岡原発差し止め訴訟は中部電力側の主張を通す判決が出た。原告側は東京で集会を開き、最高裁にまで持ち込む構えである。当然であろう、前に書いたことを一言で表せば、『生あるもの、必ず死す。形あるもの、いつか壊れん』である。今回の判決は劇場版『踊る大走査線2』で真矢みきが演じた沖田仁美警視正が青島俊作に最初に言った一言「事件は会議で起こっているの。」と同じようなものである。
 『が』である、それと同時に今回の裁判の裏側に我々がいかに電気に頼った生活をしているかという事も忘れてはならない。さいとうたかを著の『ゴルゴ13』の話の中に原発事故のエピソードがある。これはアメリカのスリーマイル原発事故をモデルに描いたものだが、この話の最後で原発関係者が会見を開き、記者たちの質問に答えているとき、ある記者が「風力発電とか地熱発電とかに変えればいいじゃないか。」と言うと原発関係者のひとりが「例え、それに変えたとしても住民の皆さんに電気の供給を賄えることは出来ません。果たして、我々はそこのところを両立できる方法をつくりだすことができるのでしょうか?」と言ったようなシーンがある。ある意味、これが今の我々にとっても本音であろう。なにより、公害を出してないというのも原発やプルサーマルを推進する論拠の一つなのだから。
(新生活日記 Neutralizerの移ろい行く日々 2007 10/24付けより引用
http://ameblo.jp/tetsuono123/entry-10052712139.html

99年の教訓は生かされなかった

99年に東海村にある原子力研究所で放射性物質の杜撰な管理によって、被曝事故が起こったことを皆さんは覚えていらっしゃるだろうか。
その事故が再び東海村で起こった。『三菱原子燃料』という核燃料加工会社の工場で8日、容器に入っていた二酸化ウランの粉末が床にこぼれ、男性作業員四人が粉末を吸い込んで被曝した。(中日新聞2/9付けより引用)
あの時の教訓は全く生かされてない、いくら電気を発電するのに有効だからといってもあまりに危険な代物を何の防護もほどこさずに取り扱っていたこと(特に口や顔)とそんな危険な代物にしか頼ろうとしない発想の甘さ(特に政府)がこの事故を引き起こしたのだ。
『喉下過ぎれば熱さ忘れる』とはまさにこの事だ、未だに制御しきれない代物を使ってまでの便利さに溺れ、災害の事を忘れてしまってもいいのだろうか。
(新生活日記 Neutralizerの移ろい行く日々 2011 2/11付けより引用
http://ameblo.jp/tetsuono123/entry-10797788300.html

 今回取り上げたコラムはその一部であるがこのコラムを書いている間も政府は原発による恩恵のみ目が行き脅威に目を逸らしてきた。しかしここ最近LED電球などの節電型の電化製品だけでなく、国民も節電の必要性を感じているではないか。
 更に私の住む浜松市では小規模の火力発電の誘致を計画している。これでも政府や財界は原発が必要だと考えるのか、利益のみ目が行き、思考が停止・退化している証拠である。







 

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